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【実際の僕の英語力はどれくらい?】勉強始めた頃からの成長過程を自己分析します!

こんにちは、Yutaroです。

 

英語の勉強法などをこれから紹介していきたいのですが、実際に僕の英語力がどのように成長してきたかが分からないとブログの説得性もないと思いますので、僕の英語の成長過程を学生時代から遡って自己分析してみたいと思います! 

今現在、英語勉強中の方は今回の記事を見てやる気が出るかも知れないですし、(逆にやる気がなくなるかも知れないですが)面白いと思いますのでそのままお読みください。

【僕がどんな人物かはこちらで分かります】➡ 【自己紹介兼ねての初投稿】29歳でオーストラリアの大学生になるまでの軌跡

【英語学習が僕の人生を変えた記事はこちら】➡ 【人生を180度変えた!?】20代のうちにやっておいて良かった事

 

 

小学校~高校: 高校時代は3年間英語赤点

実は小学校3,4年生くらいから中学2年生まで毎週水曜日に英語教室に通っていました。

 

近所の友達5人で毎週1、2時間程度英語の勉強をしていて、クラス自体は楽しんでいた気がします。

英検5、4級は1回づつ落ちながらも2回目に合格し、中学2年生の時に受けた英検3級のテストは1回で受りました。 

中学時代の英語はとても簡単でテスト勉強などしたことなかったですが、常に80点は取れていた記憶があります。

 

ただ、高校(偏差値52~54くらい)に入学した途端に英語テストのレベルが変わり、野球部の部活の過酷さもありましたが、授業についていくことが出来なくなりました。(その英語教室は英検3級に受かった時点で辞めました)

特にALTというアメリカ人の先生が教える英語のテストは3年間ほとんど赤点でしたね

野球部は冬休みの間に郵便局でバイトをすることが野球部の伝統になっているのですが、赤点を取ったものは冬休みに補修があるので僕はバイトが出来なかったです。

実際、僕は高校当時100キロを超えるデブの怠け者でそんなバイトはしたくなかったので実は喜んで補修に行ってました(笑)。

 

いうまでもないと思いますが高校時代の僕の英語力はかなり低かったです。

 

18歳~21歳: 英語レベル初級

 

21歳の時に初めて1人でアメリカ横断にチャレンジしたのですが、その時は何故か自分の英語に自信がありました(中学まで英語をやっていたからだと思う)。

【アメリカ横断の記事はこちらから】⇒ 海外一人旅を計画の方必見!-アメリカ横断バックパッカーを大失敗した話

ただ、アメリカに着いて誰ともまともに話せずにすぐにホームシックになったことを今でも鮮明に覚えています。

 

グレイハウンドというバス会社を使って都市を移動していたのですが、英語が喋れないため、ニューヨークからナイアガラの滝に行くためのバスチケットを買うために3時間以上もバスターミナルで無駄に時間を過ごしたり、バス移動中のトイレ休憩のタイミングが分からず、10時間以上もトイレを我慢したりしていました。 

ナイアガラの滝に行った際は100円ショップで買った旅行英会話本を読みながら”Could you take a picture of me?”と勇気をふり絞っておじさんに話しかけて写真を撮ってもらった記憶があります。

“Yes, sure!”と写真を撮ってもらった時の喜びは未だに覚えています。

 

その当時は中学までに習った英語は頭の中には残っていたのですが、いざ、誰かに話しかけるとなると頭が真っ白になってしまっていました。

アトランタに行きたくてカウンターで「あてゅっらーんた?あてょらーんた?」と何度も頑張っても全然理解してくれないお姉さんにイラッとしてましたね。

 

22歳: TOEICで表すなら300点くらいの英語レベル

セブ島留学です!

 

セブ島のITパークの近くにあったNILSという語学学校で3か月間みっちりと勉強しました。

コースはせっかくなら英語ペラペラになって帰ってきたいと思っていたので、8時間のマンツーマン、2時間のグループクラスは自由参加というかなり厳しいスケジュールのコースを選びました。

 

実際、グループクラスは最初の1、2回だけ参加し、残りの空き時間は自習室で勉強をしていました。

本気で英語がペラペラになりたかったので(3か月でなると本気で思っていた)週末は学校の友達と遊びに出かけてましたが、平日の空き時間は自習、日本人の生徒さんとも英語で話す練習などを努力してました。 

 

学校初日に英語のテストを受け、その結果で授業科目のレベルが変わるのですが、僕は出来るほうだと思っていたのにほとんどのテキストがレベル1からのスタートで、同期の友達がレベル3や4とかで始まるのを知ってかなりショックを受けました。

言い訳をするわけではないですが、僕は喋る方は悪くはなかったかと思います。

ただ、テスト系はかなり苦手なタイプと思っていただけると分かりやすいかと😂

 

残念ながら、この頃の僕の英語力が分かるものがないのですが、僕が留学後に帰ってきてすぐ撮ったフィリピン人の友達へのバースデイメッセージのビデオがまだあるのでそれを貼っておきます。

これは引越し屋の仕事終わりに撮ったので、何も英語で文章が作れなかったです。

日本人の友達がまだセブに残っていたのでほとんど日本語で喋ってしまいました。

 

この頃は頭の中で言いたいことを日本語で考え、それを英語に訳しながら話していました。

知らない英語表現が多すぎたので言いたいことはほとんど言えない状態でしたね。 

 

23歳~25歳: 英語レベル中級

オーストラリアへワーキングホリデー(ワーホリ)に行っていた期間です。

 

日本で受けたスカイプの英語面接でダメだと言われ、最初の3ヶ月はシドニーのAbilityという語学学校に通いました。

この間は英語力があるレベルに達するまで仕事が見つからないというプレッシャーから毎日テキストを使った文法の勉強、バイリンガールなどのYouTubeで本気で勉強をしていました。

 

その後、ハミルトン島で仕事が決まったのですが、運が良かったこともありずっとオーストラリア人と3人で仕事を回っていました。

自分の中でもオーストラリア人と仲良くなるために色々努力をしていたのでここでスピーキング力はかなり上がったと思います。

英語ペラペラというわけではなかったですが、周りのワーホリの日本人たちからは英語ができる人という認証を受けていたと思います。

この頃から前回のブログで紹介したおススメした勉強法をやり始めたのでリスニングとスピーキング力が特にあがった認識です。

 

ワーホリ関連記事はこちらからどうぞ!

 

25歳~26歳: 英語レベル中級

 

セブでのインターンシップに行くまで1年弱日本に住んでいました。

 

この頃からIELTS6.0を意識し始めた頃で、英語力を上げることしか考えてなかったです。 

でも、勉強は嫌いなのでとりあえず英語の動画や洋画を観るだけでしたが、英語環境を作るように心がけていました。

 

日本語を喋りたくなかったのとお金を貯めたいという理由だけでスバルの工場で働くことを決めて、毎日英語の環境を作り、なるべく日本人と話さないように徹底していました。

ただ、この時にやっぱり日本にいる限りは英語は伸びないなと実感しましたね。

 

お金を貯めながら英語をネイティブレベルにしたかったのでカナダかニュージーランドでワーホリも視野に入れてましたが、オーストラリアのワーホリでそこまで英語が伸びなかったことからセブ島の語学学校でインターンシップをすることを決めました。

 

26歳~27歳: 英会話上級、IELTS (Academic) 6.0、TOEIC模擬テスト930点

フィリピン・セブ島の語学学校Premier English Collageで学校スタッフの仕事(高校生のお小遣い程度の給料+寮費、食費無料)+平日2時間のマンツーマンで1年間と4ヶ月の間セブ島ライフを満喫していました。 

 

生徒さんは日本人なのでもちろん日本語で対応していましたが、仕事中はアドミンで働いていたフィリピン人のスタッフとずっと英語で話していました。

仕事以外でもフィリピン人の友達と遊びに行ったりとオーストラリアにいた時よりもかなり優れた英語環境にいて、自分でもびっくりするくらいに英語力が伸びました

もちろん、毎日『フレンズ』や映画からのインプットは欠かさずやっていて、インプットとアウトプットのバランスが本当に良かったです。

 

この頃から喋るときには頭の中で英語で文章を作れるようになっていて、単語力の弱さはありましたが、知らない単語があっても他の言い回しでカバーできるくらいに言いたいことはほとんど言える状態になっていたと思います。 

海外の映画も字幕なしで70%くらいは理解できるようになっていたので、この頃から字幕はなるべくつけないようにしていました(イギリスの映画やブラックアメリカン系の映画は字幕を付けないとほとんど聞き取れなかったので字幕を付けていました)。 

*参考にはならないと思いますが、語学学校で働き始めた時にTOIECの模擬テストを受けさせられたのですが、そのテストでは930点取れていました。

 

このセブ島での1年と3ヶ月での飛躍はオーストラリア2年間のそれとは比べ物にならないくらいで心の底からセブ島に戻ってきて良かったと今でも思っています。

今までは友達から「ずっと海外いるから英語ペラペラでしょ?」と聞かれても「いやーそんなことはないよ」とハードルを下げてましたが、この頃から自分の英語に自信を持っていると言えるようになりました

 

恥ずかしいですが、働いていた語学学校での最終日でスピーチを求められたときの動画です。

卒業式では生徒さんがメインになりますので、スタッフの僕はスピーチをする予定はなかったのですが、おそらくみんなからの要求があるだろうと予想はしていたので軽く準備はしていました。

今見ると特に発音などがまだまだだなと思いますが、ほとんど言いたいことは英語で言えるくらいにはなっていましたね。

 

セブから帰国の1か月後にIELTS (Academic) のテストを受けました。結果はoverall 6.0. Reading 5.5 Writing 5.5 Speaking 7.0 Listening 6.0 と何とかオーストラリアの大学で必要な6.0は取れたのですが、スピーキングテストの手ごたえがすごい良かったので結果を知った時はかなり不服な気持ちでした。

 

フィリピン・セブ島留学関連記事はこちらからどうぞ!

 

28歳~30歳(現在に至る): 英語上級

28歳の時にオーストラリアの大学生になりました。

 

オーストラリアの大学では僕の学年には日本人が僕しかいなく、1年以上全く日本語を話さない環境にいました。

ゴールドコーストに移動する前にHayman Islandという島で3ヶ月働いていたのですが、そこでShuji君という日本人の男の子と仲が良かったくらいで今でもこのブログとそれ以外は基本英語しか話さない環境です。

 

学校のテストでは成績優秀者に贈られる賞を貰ったり、大学2年目の終わりにあるディナーパーティーでは生徒を代表してスピーチをしました。

もちろん、このスピーチの時は何を話すかなどある程度のトピックを決めていましたが、基本的には頭の中で話したいトピックを追いながらその場に合った英語で喋っている感じです。

 

現在は大学のプログラムである1年間のインターンシップ中で、2022年の6月末に卒業になります。

その後2年間の卒業ビザに切り替わり、もしそこでスポンサー企業が見つかればビジネスビザや永住権へ繋がったりします。 

 

個人的にはまだ旅行したい気持ちが強く、卒業ビザ後はいろいろな国(タイやバリ島、可能であればグアム、ハワイ)のホテルで数年ごとに経験を積みながらいろいろと移動する生活をし、最終的にハワイに永住が目標です。

 

ただ、何が起きるか分からないですし、オーストラリアの生活標準の高さは全国で見てもかなりいい方なので、オーストラリアの永住権が取れるようにIELTS7.0 あわよくば8.0を目指して努力していきたいと思います。

僕はテスト系は本当に苦手なので、もしIELTSで高得点を取るコツなどがありましたら、教えていただけると助かります。

 

まとめ

長々と僕の英語上達の歴史にお付き合いいただきありがとうございました_(._.)_。

この記事を通して、これから英語の勉強をしようと考えている人やセブ留学、ワーホリを考えている人の英語学習プランを立てる役にたてたら光栄です。

特に英語ネイティブを目指している人とただ単に海外旅行を楽しみたい人ではゴールも変わってくると思うので、僕の成長過程を目安にして各々の勉強プランを立ててもらえればと思います。

 

僕は7年間英語中心で生活してきましたが、英語の勉強という勉強はほとんどしていません。

人によって成長速度は変わってきますが、1番大切なことは継続です。

僕は短期間でIELTS満点取っちゃうような天才ではないのでそういったアドバイスはできないですが、なにかありましたら下のコメント欄、もしくはツイッターで気軽に聞いてください。

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