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【自己紹介兼ねての初投稿】29歳でオーストラリアの大学生になるまでの軌跡

こんにちは、Yutaroです。

 

プロフィールの方にて軽ーく自己紹介はしたのですが、初投稿ということもあるのでここでこのブログがどんな感じになっていくかともう少し詳しく僕の紹介をさせてください。

僕は(2021年7月30日現在)29歳オーストラリアのホテル学校の大学生でホスピタリティマネジメントについて勉強しています。

生まれは東京都の池袋で育ちは埼玉県の大宮です。

高校をなんとか卒業して23歳までアリさんマークの引っ越し屋で休みなく毎日働いていました。

 

 

1人で初海外アメリカ横断の旅

周りのアルバイトが同学年の大学生ということとその当時世界一周やワーホリが彼らの中でプチブームになってたこともあり、僕も影響されて21歳の時にアメリカへのバックパッカーをしに行きました。

高校3年間英語が赤点だった僕に英語が喋れるはずもなくすぐにホームシックになり、スマートフォンを盗まれたことを言い訳に15日目ほどで帰国を致しました。

 

ここでの話はまたどこかで詳しく話したいと思いますが、この経験があったことで翌年にフィリピンのセブ島に留学に行くことになったんです。

【アメリカ横断記事はこちら】⇒ 海外一人旅を計画の方必見!-アメリカ横断バックパッカーを大失敗した話

 

帰国後どうしても何かをしたく日本を車で一周しようと旅に出ましたが、1週間ほどした時に友達からカラオケに誘われ、日本を半周もせずにお家へ帰ったという余談もあります。

 

フィリピン留学 

アメリカ横断から帰ってきた後は引っ越し屋の仕事に戻り、今まで通りの生活をしていました。

 

引っ越しの仕事が責任のあるポジションになりつつ大変な現場ばかりを任され辞めたかったことと、どうしてもアメリア横断失敗の悔いが残っていたこともあり、仕事を辞める覚悟でオーストラリアの旅行会社について調べていました。

オーストラリア旅行2週間が50万ほどのところ、フィリピン・セブ島語学留学なら同じ金額で3ヶ月の滞在+英語留学ができるという広告を見つけ、留学を決めました。

2014年の3月、23歳の時に3か月間の初海外留学を経験。

 

3ヶ月の楽しい留学を得て別人のように明るくなり帰国した僕ですが、(もともと控えめな性格ということもあり)また引っ越し屋の仕事に戻ってしまいました。

 

アメリカから帰国したときやセブから帰ってきたときは気分が外国人で明るくなるんです。(これ海外かぶれって言うのかな?)

買い物中におばちゃんとかに自分から話しかけたりと”自分変わったなと”思っていましたが、日が経つに連れて元の自分に戻っていくんですね。

それが嫌で2か月も経たずにセブ島に2週間旅行に出かけたり、マカオのバンジージャンプをしに行ったりと頑張って海外かぶれの自分を維持していました。

 

フィリピン留学に関する記事はこちらからどうぞ!

 

オーストラリア ワーキングホリデー

セブに遊びに行ったときに、僕が留学していた学校のインターン生の方からオーストラリアのワーキングホリデー(ワーホリ)で仕事を見つけるサポートをしているエージェントを紹介してもらいました。

すぐに連絡をして、2015年の1月にオーストラリア行きが決まりました。 

 

ワーホリで仕事をするための英語テストをSkypeで行ったのですが、セブ留学後全く英語を使っていなかった僕の英語力では不合格

セブ留学をしたにも関わらず僕の英語力では仕事はないということで、オーストラリアの語学学校に3ヶ月行くことに決まりました。

 

シドニーの語学学校に通う

最後に1週間延長したくらい楽しんでいた学生生活ですが、オーストラリアで語学学校に通うのはコスパを考えるとあまり良くないと思います。

僕の英語は確かに伸びましたが、語学学校に行ったから伸びたのではありません。

英語を喋れないと仕事がゲットできないプレッシャーで毎日朝から晩まで勉強していました。友達とも積極的に遊びに行って英語を話す機会を作っていました。

 

また、ここで海外ドラマ『フレンズ』で覚えたセリフでコロンビア人に告白して、恥ずかしい経験をしました。

【コロンビア人に降られた記事はこちら】⇒ シンプルに伝えるのが1番?-シドニーでコロンビア人に告白して惨敗したお話

 

不思議なことに日本ではシャイな僕ですが、海外に住んで英語を話していると人が変わったように明るくなるんですよね。

僕が海外生活にこだわるのもそういったことが関係しています。

 

ハミルトン島で働く

語学留学中に無事に仕事が決まった僕はグレートバリアリーフで有名なハミルトン島に清掃スタッフとして住むことになりました。

ワーホリのルール上6カ月以上同じ雇用元で働くことが許されていないので、6カ月間の契約です。

 

初めての島暮らしで不便なことはたくさんありましたが、個性豊かなオーストラリア人や日本人に囲まれ楽しい生活をしました。

ハミルトン島には多くの日本人がいたのですが、僕の目的は英語上達だったのでオーストラリア人の友達をたくさん作って充実した日々を送っていました。

 

バンダバーグでファーム生活

ワーホリは1年で日本に帰る予定でした。

ただ、ファームに4か月ほど行けば2年目のビザ(セカンドビザ)が取れるということを聞き、ハミルトン島を5ヶ月で離れ、インターネットで見つけたストロベリーファームに向かいました。

 

ここには1週間しか滞在しなかったのですが、このファームは本当に酷かったです。

インターネットも何もない環境に倉庫みたいなコンテナがたくさん並べてあり、そこに100人以上の韓国人と日本人が共同生活していました。

 

100人以上住んでいるのに冷蔵庫とキッチンは2個だけ、引くほど汚いトイレもシャワーも限られた数しかないので毎日が取り合いでした。

僕が到着した時はイチゴのシーズン期も終わりかけだったのでそこまで人がいなかったのですが、ちょっと前はもっと人がいたと聞きゾッとしましたね。

さらに、給料を支払わない韓国人オーナーとビザに必要な日数もカウントされないという始末。

ビザが切れる直前にファームジョブを始め、セカンドビザが取れるかどうかも分からない状態だったので、他の日本人に便乗してファームジョブで有名なバンダバーグに向かいました。

 

バンダバーグのファームに住んでいたのはほぼ台湾人、香港人、そして日本人だったので小さなアジアに住んでいるようで楽しかったです。

 

パースのレストランで働く

無事にセカンドビザが取れた僕はエージェントに頼ることなく仕事が見つけたかったので、シドニーから遠く離れたパースに移動しました。

 

そこで見つけたマレーシア人経営のレストランで5カ月間ほど働きました。

ここでは5カ月間という短期間で日本円にして250万円ほど貯金しました。

【そちらの記事はこちら】⇒ 【オーストラリアンドリーム!?】ワーホリで1000万円貯める方法

 

ここでの生活は完璧な英語環境で僕の英会話力が一気に伸びました。

 

ハミルトン島に戻る

結局、ハミルトン島が忘れられず友達に連絡し戻ることになりました。

 

仕事は前回と同じ清掃員でしたが、周りの環境がかなり変わっていました。

以前は男性しかいなかったオフィスでしたが、僕が戻ってきたときは女性ばっかり。

2回目のハミルトン島生活は1回目のモノとはかなり違ったモノになりましたね。

女性が多かったこともあり色々とトラブルに巻き込まれましたが、6カ月の任務を完了し日本に帰国いたしました。

 

セブ島で働く

オーストラリアの大学に行くと決めていた僕はワーホリで貯めたお金を全部オーストラリアに残して帰国しました。

 

大学に行くためには英語テストのIELTS(アカデミック)で6.0以上と日本円で800万円ほど必要でした。

*セブ留学やアメリカ横断、シドニーでの語学学校等で引越し屋で貯めた貯金はほとんどなくなっていました。

オーストラリアの銀行に500万円はあるのと大学のプログラムであるインターンシップを使って1年間稼ぐこともできるので、そこまでお金の心配はしていませんでしたが、何が起きるかも分からないので少なくとも300万以上は貯めておきたかったんです。

 

2年以内に両方クリアできる方法はないかと模索した結果、行きついたのが「ニュージーランドにワーホリ」、「カナダにワーホリ」、「セブ島で働く」の3つでした。

 

ニュージーランドとカナダにワーホリも良かったのですが、フィリピンのアットホームな感じが忘れられなく、セブ島に戻ることを決意しました。

ただ、フィリピンで働く場合は確実に英語は上達するがお金が貯まらないので、群馬のスバルで期間工として働きました。

結果的に7カ月という短い期間で180万円ほどの貯金に成功して、東南アジアに2カ月間ほどバックパッカーに行きました。

 

基本給の低いフィリピンでお金を貯めることは難しいと判断した僕はIELTSで6.0を取ることのみを目標に変え、セブ島の語学学校のスタッフの仕事を探すことに。

その後、フィリピン・セブ島のマクタンにあるPremier English Schoolという語学学校で1年間の無給インターンシップの仕事をゲットしました。

フィリピン語学学校の無休インターンシップの良い所は給料が出ない代わりに食費と寮費はタダで毎日授業を受けることもできちゃうんです。

この辺のことはまたどこかで話したいと思います。

 

仕事を開始後すぐに語学学校のマネージャーが僕のことを気に入ってくれたこともあり、すぐに有給スタッフに変わりました。

滞在も延長をお願いされ、結局1年と4カ月ほど滞在しました。

ここでの僕の英会話力の飛躍は自分でもびっくりするほどでした。

 

オーストラリア 大学生活

セブ島での業務を終えた僕は日本に帰国後に受けたIELTSで何とか6.0をゲットしました。

セブ島でできた福岡県出身の彼女と何か一緒にやりたかったこともあり、埼玉県と福岡県の間の愛知県でリゾートバイト(リゾバ)をすることにしました。

リゾバ後にその子とは別れてしまいましたが、2020年の1月からオーストラリアの大学生になりました。

 

学校に入学後すぐにコロナが始まり色々と大変でしたが、何とか2年生までの勉強は終わり、残るは1年間のIndustry Placement(インターンシップ)と3年生の授業のみとなっています。

 

ブログの主な内容と目標

 

ここでの主なネタになります。

 

  • 今までの経験に基づく効率的な英語の勉強方法
  • 個人の性格に合った英語学習法
  • 上で挙げた以外にも東南アジアを回ったり、色々と旅行に行っているのでそこでの思い出話
  • 今現在のオーストラリアの学生生活のアップデート
  • セブ島留学やワーホリ、オーストラリアでの学生生活に役立つアドバイス
  • 今までの多国籍な友達や彼女等の話
  • 趣味で筋トレもやっているのでもしかしたらたま~に筋トレについて
  • オーストラリアで永住権を目指している人に必要なアドバイス
  • 後々はハワイのホテルマネージャーになることが目標なのでそこまでの道のり

 

ブログはセブ島の語学学校で業務の一環として書いていたくらいの経験はありますが、何の知識もないド素人です。

見にくいと感じることも多いかもしれませんが、温かい目で見守ってくれたら嬉しいです。

 

僕は勉強が大の苦手で、語学学校に通っていた以外では自分から勉強をしたことがないです。

このブログでは英語学習法をメインで更新していきますが、英語系ブログでよくある「この英語はこういった意味があります!」的なモノを書こうとは思っていません。

 

「英語学習=英単語や文法の詰め込み」は合う人に合いますが、合わない人には合いません

 

僕はそんな典型的な英語学習法とは全く違うアプローチをしてきました。

今、オーストラリアのブリスベンのホテル受付で働くほどに成長できたのも自分に合った学習法でここまで進めてこれたからだと実感しています。

 

このブログで目指すところは、少しでも多くの方にそんな「自分に合った英語学習法」を見つけてもらうことです。

実際に僕はスバルで期間工をしていた時に部屋に籠って海外ドラマの『フレンズ』や洋画をひたすらに観まくっていただけなのに、語学学校で受けさせられたTOEICの模擬テストでは930点も取れていました。

 

「海外ドラマを観るだけ」「洋楽を聞くだけ」「友達と喋っただけ」しかしてないのに、日本で1番実用性の高いTOEICで900点以上取れてしまうんです。

確かに2年間のオーストラリアでのワーホリ生活も大きく影響していますが、普通に日本でTOEICを毎日勉強しても900点の壁を超えるのは難関だと言われています。

それを特に意識することなくクリアできたって凄くないですか?僕の高校時代の英語赤点ですよ?

 

僕も英語学習者ですし、一生英語の学習を続けるかと思います。とりあえず、今の目標はIELTSで8.0を取ることです。

ブログも初心者なので、英語学習と共に皆さんと一緒に成長できたらなと思っています。

 

また、ツイッターの方もこのブログ開設と並行して始めましたので、興味がある方はフォローお願いします。

https://twitter.com/eigoaus_yutaro

 

Unagiブログ記念すべき初投稿ということで、僕に関するツマラナイ内容となりましたが、少しでも僕のことを知っていただけたら幸いです。

これからよろしくお願いします_(._.)_

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